POCHIPRESS PHOTO+

見たものの記憶。見るものの記録。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

江東区枝川・木場・牡丹・永代・佐賀 2008年12月2日(火)

120208 010 120208 026
有楽町線豊洲駅から江東区枝川1-10の富士稲荷を探しに行ったのですが、
これは枝川1-9-6住友不動産豊洲ビル公開空地の名称不明の神社のようです。
富士倉庫運輸の神社だったはず。すっかり錯覚してしまいました。

120208 020 120208 022

120208 030 120208 036
住吉神社(江東区牡丹3-12-2)。

120208 045 120208 040

120208 063 120208 061

120208 050 120208 049
境内社の車折神社。

120208 046 120208 047
力石の数々。

120208 051

120208 113 120208 142

120208 116 120208 161
洲崎神社(木場6-13)。神紋は波に三ツ鱗。

120208 140 120208 143
竿忠は有名らしい。

120208 146 exi120208 009
豊川稲荷。

120208 152 exi120208 013
於六稲荷。

120208 172 120208 177
弁天社。

120208 182 120208 188
新田橋で大横川を越え、繁榮稲荷神社へ。

120208 196 120208 192

120208 191 120208 200

120208 217 120208 219
嘉永七年二月といえば、ペリーが再度神奈川に来航し、
日米和親条約の交渉中だな。

120208 233 120208 234

120208 236 120208 241
黒船稲荷(江東区牡丹1-12-9)。

120208 248



120208 282 120208 279
於三稲荷。古木弁財天(江東区牡丹1-6-5)。
神社には違いなかろうが限りなく個人宅。天水桶もあるし。

120208 277 120208 274
水琴窟があって、とてもいい音がする。

120208 263 120208 253 120208 255 
ここでのお百度参りはとても楽だと思う。
赤い扉のお堂が古木弁財天、隣が於三稲荷。

120208 261 120208 270
壺中天のような境内というか庭。気に入った。祭礼は5月11日か。
 

120208 285 120208 286 
越中島橋畔の震災供養塔。東京大空襲慰霊碑(江東区永代2-19)。

120208 293 120208 295 
福寿稲荷・船玉稲荷(江東区永代1-9-8)。

120208 300 120208 302 


120208 306 120208 310 
伏見稲荷(江東区永代1-10-14)。

120208 307 120208 308 


120208 319 120208 318 
王子稲荷(江東区永代1-10-11)。伏見稲荷の前の家のおばさまに教えてもらった。

120208 314 exi120208 077 



120208 325 120208 330 
紀文稲荷神社(江東区佐賀1-14)。

120208 348 120208 344 

120208 331 120208 345 



exi120208 092 exi120208 096 
劇団芸術劇場 永代リバースポット(江東区佐賀1-8)。

exi120208 105 exi120208 108
赤穂義士休息の地(江東区佐賀1-6-2)。 

exi120208 112 exi120208 122
豊海橋を渡ってすぐ、日本銀行発祥の地。
 

120208 357 exi120208 135 
高尾稲荷神社(日本橋箱崎町10-6左)。

高尾稲荷社の由来

 万治二年十二月(西暦一、六五九年)江戸の花街新吉原京町一丁目三浦屋四郎左衛門
抱えの遊女で二代目高尾太夫、傾城という娼妓の最高位にあり、容姿端麗にて、
艶名一世に鳴りひびき、和歌俳諧に長じ、書は抜群、諸芸に通じ、比類のない
全盛をほこったといわれる。
生国は野州、塩原塩釜村百姓長助の娘で当時十九歳であった。
 その高尾が仙台藩主伊達綱宗侯に寵愛され大金をつんで身請けされたが、
彼女にはすでに意中の人あり、操を立てて侯に従わなかったため、ついに怒りを
買って隅田川の三又(現在の中州)あたりの楼船上にて吊り斬りにされ川中に
捨てられた。
 その遺体が数日後、当地大川端の北新堀河岸に漂着し、当時そこに庵を構え
ていた僧が居合わせて引き揚げ、そこに手厚く葬ったといわれる。
 高尾の可憐な末路に広く人々の同情が集まり、そこに社を建て彼女の神霊
高尾大明神を祀り高尾稲荷社としたのが当社の起縁である。   
現在この社には、稲荷社としては全国でも非常にめずらしく、実体の神霊
(実物の頭蓋骨)を祭神として社の中に安置してあります。
 江戸時代より引きつづき 昭和初期まで参拝のためおとずれる人多く、
縁日には露店なども出て栄えていた。
懸願と御神徳
 頭にまつわる悩み事(頭痛、ノイローゼ、薄髪等)商売繁昌、縁結び、学業成就。
◎懸願にあたりこの社より櫛一枚借りうけ、朝夕高尾稲荷大明神と祈り、
懸願成就ののち他に櫛一枚そえて奉納する習しが昔から伝わっております。
 高尾が仙台侯に贈ったといわれる句
  「君は今駒形あたり時鳥」

 辞世の句
  「寒風にもろくも朽つる紅葉かな」

 昭和五十一年三月 
箱崎北新堀町々会


exi120208 128
旧日本銀行跡地から掘り出された御影石を神社の標柱にしたわけだ。
スポンサーサイト
  1. 2008/12/03(水) 15:14:35|
  2. 東京散歩
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<足立区水戸街道から竹の塚 2008年12月7日(日) | ホーム | 江東区・平久橋と洲崎神社の波除碑 2008年12月2日(火)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://pochipress.blog20.fc2.com/tb.php/96-070aa2d3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

Pochi

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。