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台東区寿・元浅草・東上野 2008年11月28日(金)

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長瀧山本法寺(台東区寿2-9-7)。日蓮宗。本日は熊谷稲荷ご眷属大祭。

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はなし塚
この塚が建立された昭和十六年十月、当時国は太平洋戦争へと向かう戦時下にあり、各種芸能団体は、演題種目に自粛を強いられていた。落語会では、演題を甲乙丙丁の四種に分類し、丁種には時局に合わないものとして花柳界、酒、妾に関する噺、廓噺等五十三種を選び、禁演落語として発表、自粛の姿勢を示した。この中には江戸文芸の名作といわれた「明烏」「五人廻し」「木乃伊取」等を含み、高座から聴けなくなった。
「はなし塚」は、これら名作と落語界先輩の霊を弔うため、当時の講談落語協会、小咄を作る会、落語講談家一同、落語定席席主が建立したもので、塚には禁演となった落語の台本などが納められた。
戦後の昭和二十一年九月、塚の前で禁演落語復活祭が行われ、それまで納められていたものに替えて、戦時中の台本などが納められた。
平成十六年三月 台東区教育委員会


裏にこう刻まれているとネットで拾ったが、実見出来そうに
ない位置なのでそのまま転載しておく。

昨年九月東京落語家全員は国家新体制に即応し五十三種の落語禁演を
自粛協定して職域奉公の実を挙げたり乃是を記念し併せて葬られたる名作
を弔い尚古今噺等過去文芸を供養する為め詳細記録類を埋めて建碑し以っ
て菩提に資すと爾云。



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こちらは吉見稲荷。わきに石の祠社が添う。


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法要中のお堂の左右に稲荷社があった。熊谷安左衞門廟處という石柱。

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左の社は 平成十九年初午 奉納 吉元正信米寿の砌 とあり、台石は古い。

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お伽丸柳一の碑。昭和初期の曲芸師か?皿回しの絵がある。復度石。百度石。

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白稲荷(台東区元浅草3-19)。酒店が伏見稲荷から勧請した
内祀りの社だということです。


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孫三稲荷(台東区元浅草3-19-7)。


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出羽稲荷。徳寿稲荷。福森稲荷。三社合祀。
日蓮宗法泉寺(台東区元浅草1-14-3)。


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西町太郎稲荷神社(台東区東上野1-23-2)。

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西町公園(東上野2)。地護(ぢまもり)稲荷(台東区東上野3-5-3)。
下谷神社のすぐ裏手にあるのだけれど、すごいなあ。

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鎮護慶雲

 この地護稲荷大明神は治承(1,180)の昔、この辺りが奥羽海道の往還であ
った頃、椎の大木の下に、住民達の信仰をあつめていた古びた稲荷祠と一里塚の
石碑がありました。興亡治乱のはてに、いつしか祠も碑もかげをひそめ、姿を没し
江戸開府(1,603)となり、寛永15年徳川家の臣天野弥五右ヱ門長重がこの
祠跡に屋敷を賜り、移り住んだが、屢々、奇瑞があらわれるので、調べると祠と
石碑のことがわかり、長重は恐懼して寺社奉行にねがい、邸内にこの地一帯の守
護神として稲荷堂と碑を再建して、ねんごろに祀ったと伝えられている。これが
後年、弥五右ヱ門稲荷とも、釣堀稲荷とも称せられて、世の人々からあつく崇拝
されてきた、この地護稲荷大明神の由来であります。星遷り、年代って第二次世
界大戦終戦後の昭和二十八年三月、故あって、祠堂を他所へ遷宮したところ、地
内に厄災相続いて起ったので地内の住人達は恐懼して、翌二十九年二月十八日、
この地に祠堂をお遷して今日に及んでおります。地護稲荷大明神は、未来永劫、
世の人の安住と生計をお護り下さる神であり、町に住む私達が子々孫々に至るま
でとこしえにあつくお守りするものであります。
永森久吉氏記


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まっかっか。さらに社の裏にもすごいものが。

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下谷神社(台東区東上野3-29-8)。南参道より入る。

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下谷稲荷社というか隆栄稲荷神社。


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本殿外陣内陣。初宮詣の参拝者がありました。

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寄席発祥の地だそうです。

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西の鳥居。御徒町壹丁目 昭和九年十月。

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正面の鳥居は昭和八年十二月吉日。朱の大鳥居は
昭和八年五月吉日建之
同廾八年三月吉日補修
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  1. 2008/11/28(金) 19:10:16|
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