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新宿伊勢丹屋上 2008年11月19日(水)

お歳暮ギフトセンター開設日だったので新宿伊勢丹へ。
驚いたのはおせちの予約で地下に行ったら、毎年恒例の三段重の
在庫が僅少で、他店との調整であやうく間に合ったこと。
あとで通ったらもう見本が下げられていて、最後だったんだと納得。

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屋上の朝日弁才天。幟とか立ててほしいな。

111908 014 111908 007
朝日弁才天の由来
 大田道潅が江戸城築城のさい
鬼門よけに弁才天をまつった故事
にちなんだものです。 ある僧侶
が、 霊験あらたかな弁財天を
伊勢丹の守護神としてまつるよ
うすすめられ、明治三十年頃
市ヶ谷のあまざけやに鎮座して
いたものを、昭和八年新宿進出
と共に、本館屋上におまつりい
たしました。この弁才天は徳川
初期のものといわれ、火災を除
く火伏せの神様、又一方では商
売の神様ともいわれています。


ある僧侶が、・・・誰も推敲しなかったのだろうか。
「伊勢丹百年史」によると、明治28年あまさけや呉服店
を買収したが合併はせず、大正13年閉店まで続けた。

*あまさけや(福永儀八商店)牛込区市谷田町二丁目14,15

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弁財天と並び立つように、店祖 小菅丹治翁像が。
明治19年、数え28歳で独立。屋号伊勢屋丹治。明治21年ごろから3年間ほど、
丹治は旅籠町の店頭を終えてから神田川の柳原土手(江戸以来の古着市場)
で戸板に桐生、足利の木綿や織物を並べて売っていた(「伊勢丹百年史」)。

111908 040
なんか物足りないなと思ったら鳥居がなかった。
初代小菅丹治は熱烈な日蓮宗の信者で、田中 智學に師事
したというから、弁財天も微妙な立場にあるのかもね。
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  1. 2008/11/20(木) 14:33:50|
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