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2012年3月11日(日)震災の旅 初日

2012年3月11日大川小学校
032012 012

032012 259
道の駅上品の郷で需めた花束を献花する。


032012 087

砂防斜面の津波到達点標識。
032012 240

高台から小学校と釜谷地区を望む
032012 149

032012 125

032012 129

釣石神社
032012 265

津波到達点
032012 329

神社拝殿から望む
032012 318
手前から沈降したヨシ原、長面地区の堤防道路、白波の立って
いるところが長面海水浴場、そのむこうに走ヶ崎。

口脇稲荷神社
032012 364
再び大川小学校の前を通過して尾崎地区へ。走ヶ崎へのつきあたり。
小さな社には波がかぶったようには見えないくらい手入れがなされて
いた。ソーラーパネルもある。鳥居は損傷の跡すらない。

コンクリート壁に刻まれた3.11の音源
032012 490

尾崎地区
032012 515
尾ノ崎橋から集落の中心部への入り口に竹の細工物があった。
これは土地固有の道切り習俗だろうと思ったのだが。

032012 605
尾崎には若いのがいっぱいいて、にぎわっている。

032012 573
灯篭流しかと思えば違うようだ。若いのはボランティア、土地の
人はほとんど見あたらない。なんだ土地の慣習とはなんの関わりも
ないのか「竹あかり」。庭JAPAN http://niwajapanproject.blog.shinobi.jp/Entry/188/
ぼくらが東京から来たと聞いただけで物見遊山ときめつけたリーダー格。
自分たちも3時までで引き揚げる、地元だけの慰霊で見学はできないと言った。
ニュースになっていたけど、それはいいとして。「よさこいソーラン」と
同工異曲だったのを知ってがっかりだ。壊滅した地区を再度滅ぼすつもりか。


032012 556
長面浦をはさんで長面地区を見る。

032012 548
尾崎地区の外れまで来たが、この先には行かないこととして
Uターン。尾ノ崎橋の鉄板をおそるおそる渡って長面へ。

032012 641
長面地区はずいぶん潮が干いていた。喪服の方を見受けるものの、
こちら側には竹あかりもボランティアもいない。
大川小学校を抜けるまで、駐車車両で大混雑になっていた。
後ろにも車が連なり、一枚も撮影の時間が取れずに通過。

女川港
032012 682
三角地帯を雄勝に抜け、女川港で黙祷の時刻を迎えた。

032012 711
遠くに僧侶の読経を聞く。
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  1. 2012/04/21(土) 02:48:15|
  2. 災害
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