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二の酉 大鷲神社・大和市神社 2011年11月14日(月)

出世大鷲神社(杉並区下井草1-31-2)
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早稲田通りに面した、ふだんはめだたない小社ですが、
お酉さまの日にはちゃんと熊手市も立ちます。

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この日ばかりはご神体も開帳されます。

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オジロワシの剥製。

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大鷲神社
当社は出世大鷲神社と称し、御神体は剥製の大鷲です。
 この地は天沼本村と呼ばれた農村地帯で、主に東京への野菜供給地でした。大正10年1月11日、現在の本天沼二丁目37番付近の畑地にあった赤松に飛来した鷲を、村の人たちが悪戦苦闘の末仕留めました。羽を広げると2m以上もある大鷲でした。村中の人達が見物に来、村に祟りでもあると大変なので、おとり様としてお祀りしようと話がまとまり、一社を建立しました。その後毎年11月の酉の日には市がたち、天沼本村だけでなく近郷近在の名物として狂言や踊りなどの余興を催したり、賑やかなお祭りがありました。今でも酉の日には、町の有志により商売繁盛を祈る熊手が売られています。石の鳥居は、昭和63年に建てられました。前を通る早稲田通りは拡張され、今では平坦な道となっていますが、昭和初期の区画整理前は大鷲神社から西へ向うところは“げんぼう坂”と呼ばれ、かなり急な坂道で荷車を引く者にとっては難所の一つになっていました。
  平成3年3月 (引文元)



大和市神社(杉並区善福寺4-14-1)
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杉並区にはオジロワシを祀った神社がもう一社。

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ガラス越しです。

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熊手商いは業者ではなく、町内が運営しているようだ。

大和市神社
当社の御神体は剥製の大鷲です。
 この大鷲は、大正14年秋、練馬区関町との境にあった、一本松に留っていたものを、散弾銃を持ってきて撃ったと言われています。大鷲は弾が当っておちてきながらも、向ってきたので、また撃たれ仕留められたそうです。 あまりにも大きな鷲なので、剥製にして保存し、これを御神体として翌15年村中の人々と話し合ってお社を建てて祀り、大和市神社としました。
 土地の人や、近郷の人々も入って講中となり、毎年11月酉の日に、井草八幡の神主を招いて祭礼を行い、熊手を売ったりしています。 昔は、現在と異なり、お社のまわりは、空いていたので、祭礼の際は、いろいろな屋台が出たり、芝居や神楽などが行なわれました。とくに、芝居小屋がかかると、どこからこんなに人が来たのかと思うくらい集まったそうです。
昔は娯楽が少なかったので、近郷近在のひとにとっては、とても大きな楽しみだったのでしょう。
区内には、大鷲の剥製を御神体としているお社が他に、下井草一丁目に有り、大鷲神社と称しています。
  平成4年3月(引文元)
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  1. 2011/11/16(水) 20:03:30|
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