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春日神社と杉並の小祠 2010年5月10日(月)

ずいぶん久しぶりの神社めぐりです。

春日神社(杉並区宮前3-1-2)
P1090111.jpg P1090131.jpg
五日市街道に面して、車ではよく通るのですが参拝は初めて。
東京都神社名鑑によると敷地622坪、広いです。拝殿は明治22年、
本殿は同10年。鳥居は昭和6年、玉垣は昭和31年、社号標が同28年でした。
最近は本物の注連縄を見るだけでもほっとします。

大神鹿一双
P1090155.jpg P1090142.jpg
いったいこれはなんなのか、しばらく頭が混乱していました。
蹄があるな、牛にしては、ああそうか春日大社の神鹿ですか、狛鹿。
明治27年4月奉納。

小鹿一双
P1090171.jpg P1090163.jpg
こちらは明治33年4月の奉納です。ここでは石灯籠なども鉄パイプ
囲みで保護されています。撮影者にとってはありがたい。
金網で覆われた石造物ではどうにもなりません。

はだか稲荷社(杉並区久我山5-27-1)
P1090041.jpg P1090026.jpg
春日神社へ行く前、杉並区教育委員会「杉並の小祠」1996.を参考に
人見街道沿いの数社をめぐって来ました。
地元の秦氏一族の守護神で、秦家稲荷と呼ばれていたのがなまって
はだか稲荷と呼ばれるようになった云々。祠内はからっぽです。

赤稲荷社(久我山5-15-12)
P1090075.jpg P1090065.jpg
マンションの一角に倉庫ほどの赤い社殿が内向きに建っていました。
この注連縄は三つ編みでした。祠には石碑が祀られ、帝釈天と稲荷が
かろうじて読めました。

瘡守稲荷神社(久我山5-9-)
P1090083.jpg P1090098.jpg
人見街道を久我山駅に向かって行くと道標庚申塔があります。
これよりひだりふちう三ち / これよりみきいのかしら三ち
右をうえみちと言い、人見街道との間にかさもり坂がある。
K家の先祖が高槻市の瘡守神社より分請した神璽を祀ったもので、
明治中頃までは東は新宿、西は八王子辺からも参詣に来て、門前
には油揚げや絵馬を売る店が出たという。いまは完全に屋敷神に
戻っているようで、参道などは見当たらない。
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  1. 2010/05/10(月) 20:47:45|
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