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大銀杏倒壊・鶴岡八幡宮 2010年3月11日(木)

03/16 記事後半に追記しました。
鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市雪ノ下)
八幡宮の石段に 立てる一木の大鴨脚樹
別當公曉のかくれしと 歴史にあるは此蔭よ (鉄道唱歌より)

031110140.jpg
天候待ちで鶴岡八幡宮に行くつもりでいたら、10日未明に御神木が倒壊した
とのニュースが入りました。サンプルでも拾えるかなと不謹慎にも早朝に現着
したら、舞殿の西側から石段まで立ち入り禁止となっていて、総門と下でガー
ドマンが警備しています。

031110291.jpg 031110061.jpg
イチョウとしては、比類を絶した巨木というわけではありませんが、公暁の
実朝暗殺の目撃者という由来譚は、最も人口に膾炙した伝説の一つでしょう。
建保7年(1219)1月27日の夜、吾妻鏡によれば、

”石階の際に窺ひ來り、剣を取りて丞相を侵し奉る”

とあるばかりですが、事実関係だけを申せば建久2年(1191)3月の大火で
八幡宮境内は頼朝の御所と共に焼け、当時の鎮座地は石段わきの若宮だった
のを、高台にあった丸山稲荷(現存)を遷座して年末までに本宮を完成した。
おおよそ今の境内配置はこのとき定まったわけです。

ひとわたり境内を見て歩きましたが、鳶の奉納物は見当りません。
御神燈はステンレス製のものと、江戸大阪の砂糖店くらいです。
もっと海の匂いのする奉納物、交易を証言するものを期待していた
のですが。

由比若宮・元八幡(鎌倉市材木座1-7-9)
031110425.jpg 031110438.jpg
源頼義が永承5年(1052)にはじめて石清水八幡宮を勧請したときの
鎮座地です。鶴岡八幡宮境内に、由比若宮遥拝所があります。

蛭子神社(鎌倉市小町2-23-3)
031110472.jpg 031110467.jpg
小町大路にある。もとは夷堂だったのが神仏判然例で神社となったらしい。
手水盤が魚がしの奉納だった。

和賀江嶋
031110413.jpg 031110348.jpg
以下追記 03/16
材木座海岸の小坪トンネル側にある現存最古の港湾施設遺跡。
若潮の干潮で露岩しています。

貞永元年(1232)七月十二日、(略)今日、勧進聖人往阿彌陁佛
の申請に就いて、舟船着岸の煩無からんが為、和賀江嶋を築く
可きの由と云々、武州(泰時)殊に御歓喜ありて、合力せしめ給ふ、
諸人又助成すと云々、(吾妻鏡)

十五日から着工して八月九日に竣工という早さでした。

森戸大明神(三浦郡葉山町堀内1025
031110523.jpg 031110515.jpg
境内社の水天宮には子宝石が祀られています。おせき稲荷にも座布団に石が
鎮座していました。海辺の神社らしいところがいいですね。森戸海岸では
わかめ漁が行われていました。
031110572.jpg
お隣の柴崎の磯は昔潜ったことがあったので堤防道路を通ってみました。
さすがに今は路上駐車できないようにされています。

三浦海岸・菊名海水浴場あたり
031110612.jpg
北に30°くらい傾斜した三浦層群三崎層いや初声層かな、自信ない。
水平線のところに見える沖ノ島まで続いた波蝕台だったのかどうか。
対岸は房総半島、鋸山が望めます。
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  1. 2010/03/11(木) 22:22:32|
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