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富士宮市から鳴沢村へ 2010年2月21日(日)

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富士山頂が見えるうちにと東名富士インターを降り、目的地に着きました。
午前10時すぎには雲に覆われてしまいましたが。

山宮浅間神社(静岡県富士宮市山宮)
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富士山本宮浅間大社の山宮には本殿がなく、磐境の彼方に富士山本体を望む。
撮影条件としては半端な斜光とシーイングでしたが、写るだけでも十分です。


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参道の一隅に双体道祖神。

千居遺跡配石遺構(富士宮市上条1818-9外)
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大石寺の所有地で、調査後の配石遺構がそのまま放置されています。

人穴浅間神社(富士宮市人穴206番地)
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富士山の側火山、犬涼み山溶岩流(大雑把に言えば縄文時代)で形成
された溶岩洞窟。いわゆる富士の人穴ですが、

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建仁三年(1203)六月大三日己亥。。將軍家、駿河國富士の狩倉于渡御す。彼の山麓に又大谷〔之人穴と号す〕有り。
其の所を見究め令めん爲、新田四郎忠常 主從六人を入れ被る。忠常 御釼〔重寳〕を賜はり人穴に入る。今日歸り出不に暮畢。

建仁三年(1203)六月大四日庚子。陰。巳尅。 新田四郎忠常 人穴を出で歸參す。往還に一日一夜を經る也。
此の洞狹く兮踵を廻らすに不能。意不に進み行く。又、暗く兮心神を痛み令む。主從  各  松明を取る。
路次の始中終、水流れ足を浸す。蝙蝠、顏于遮り飛び、幾千万を知不。
其の先途は大河也。逆浪 漲り流れ、渡らんと欲する于 據を 失う。只、迷惑之外他無し。
爰に火の光に當り、河の向に奇特を見る之間、郎從四人忽ち死亡す。
而るに忠常彼の靈之訓へに依て、恩と賜はる御釼於件の河に投げ入れ、命を全うし歸參すと云々。
古老云はく。是、淺間大菩薩之御在所。往昔の以降、敢て其の所を見るを得不と云々。今の次第尤も恐る可き乎と云々。

吾妻鏡入門より引用しました。


鳴沢溶岩樹型
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魔王天神社
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  1. 2010/02/21(日) 18:51:03|
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