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赤塚諏訪神社・田遊び 2010年2月13日(土)

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またもや夜の祭りに朝から出勤です。幟を揚げるお手伝いもいたしました。
祭礼というものは準備から見ておかないと、私にとっては無意味ですから。
それにしても、連日ともなるとさすがに骨身に堪えマス。

(02/18 追記)北野・赤塚ともに唱歌の全文が収録されている文献を上げておきます。
菊池山哉著『東国の歴史と史跡』吉川弘文館、1967.


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微雨に見えて細かな雪が降っている。

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会長さんにお願いして社務所で道具を作成しているところを
見せていただきました。巻紙に認められているのは田遊役定です。
詳しくはのちほど。

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鍬はやはりトネリコと餅でしたが、餅つきは昨日だったそうです。
祭礼に使うのはこの八本のみです。
隣接する竹の子公園から竹が伐り出されていきます。

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しばらく眺めて、ああ月と太陽ね。日月鉾と呼ぶそうだ。

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昼過ぎのもがりにはなかった神旗が備わった。
享保20年5月(1735年)の旗がある。

午後はずっと雨っぽかったのですが、祭りの始まる直前には
ほとんどやんでいます。
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19時すぎ、社務所の大広間に一同が揃い、話に聞く沢庵一切れの祝膳
にて謡の会が始まりました。宮司さまは縁側から一座に加わり、沢庵
をいただくと床の間の御幣を持ち退席されます。
さきほどの田遊役定が長押に張り出されています。

平成弐拾弐年 正月拾参日 田遊役定(以下個人名は略す)

宮司、 大稲本、 小稲本、 控人、 鍬取×6名、 御神輿×10名、
花籠×7名、 笛×4名、 天狗×2名、 太鼓×2名 、弓×2名、
駒×3名、 駒子子供中、 獅子×4名 、白杖×3名、 金棒×3名、
昼飯持 開笠五月女子供中 呼、田行事×2名、高張×4名、
警護 大門中子供中、総賄×2名、

千秋萬歳 祝

いよいよ外の祭礼ですが、もがりと神輿のあたりは群集と化しているので
近寄りません。神輿の魂入れが済み、先割れの竹筒で地面を敲く警護の子供
たちを先頭に、飛び地境内社の十羅刹堂前の広場に向かいます。

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神輿は安置され、槍つきの行事のために警護の子供たちが
竹で結界を張り舞台を整えます。

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太鼓の背後から花槍が勇壮に振りかざされ、まずは松明と対峙します。

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次は竹のわくに入った子供(早乙女?)が掲げられ、獅子が登場して
花槍と威嚇を繰り返してやっと退散し、みな神社へ帰還します。

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もがりの前でも花槍とか祭礼は続いていますが、人大杉。
お昼の弁当を持ったヨナボの登場だけは逃したくなかったので
待機していました。太郎次と安女のからみは撮れませんでした。

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20時半ちかくにやっとお篝りが点火され、21時を回ったころに神事は終了です。
やや大粒の雪が降ってきました。
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  1. 2010/02/13(土) 23:25:06|
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