POCHIPRESS PHOTO+

見たものの記憶。見るものの記録。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

歌舞伎町から抜弁天方面へ 2009年11月15日(日)

花園神社(新宿区新宿5-17-3)
111509 023 111509 167
なんとなく新宿区は避けていたというか、花園神社って
歌舞伎町じゃなかったのか!(もちろん冗談)
おいら、風月堂亡きあとの新宿を自分の街だとは思っていないんで。
拝殿の社額は花園神社の左右に雷電神社と大鳥神社が並んでいます。
これは昭和40年に社殿と社務所を鉄筋コンクリートにするとき、末社を合祀し
て花園稲荷神社から花園神社に名称を変更した由来があります。
そもそも社殿の下はH & I ビル(花園神社・伊勢丹の共同出資か)で、しば
らく前まで伊勢丹の什器置き場として使われていました。
寛永年中以前の社地は伊勢丹の地域にあって、朝倉筑後守が拝領した
下屋敷で囲い込まれたため、代地として尾張候の別邸花園を拝領して現在
に至る。故地は東西六十五間、南北七十五間というから、伊勢丹本館とほぼ
同じ土地と考えていいのかな。浅からぬ因縁でつながっているのですが、
それにしても伊勢丹の奉納提灯目立たないなあ。

右は威徳稲荷神社ですが、一の酉から二の酉までの間、露天の小屋組みは
そのままなんだ。門前の市が境内に入り込むようになったのは明治以降のこと
だろうと思うのですが、東京の神社で露天商を一切境内に入れないところが思い
のほか多かったのは、回ってみなければわからないことでした。
たとえば神田明神の屋台は門前と駐車場だけですし。(適切な例ではなかった)

111509 156 111509 130
芸能浅間神社。ここは初めて見るのかな。冨士浅間大神遥拝所と
建設碑にはある。山頂で振り返れば八代亜紀。

稲荷鬼王神社(歌舞伎町2-17-5)
111509 351 111509 234
狛犬がパネルではさまれていました。養生とかではなくて、掲示板
として利用されるような感じです。雑然とした印象が残念ですが。
末社は開運恵比寿と石碑にあるだけの三島神社。ここと拝殿の
右に水琴窟があって、後者は竹筒で音を聞くようになっていると、
七五三の準備で忙しい神主さんがわざわざ教えてくださいました。

111509 256 111509 263
わたしはこの賽銭箱が気になって仕方ありませんでした。
稲荷・巴の重ね紋と九つの纏紋がイケてます。昭和40年奉納。

111509 335 111509 325
西大久保富士。もとは区役所通り側にあって、戦後の道路拡張
で移転縮小されて、参道の南北に分断された姿となった。
左は北側で1号目から4合目まで、南側が5合目から頂上。

西向天神社(新宿6-21-1)
111509 615 111509 466
崖上に隣接してもと別当寺の大聖院があって、大田道灌に山吹の歌を
送った紅皿の墓?が駐車場の一角にある。

 大田わけ是が雨具かヤイ女

111509 409 111509 553
天神社の賽銭箱にも纏紋が二つ。稲荷鬼王神社と同じ九区二番組と、
三区六番組(三つ鱗が入っている)。神輿庫になっている旧社殿には
昭和4年の奉納額がいい保存状態で掲げられていました。

111509 610 111509 589
東大久保富士。境内の南が天神山遊園となっており、柵越しに山頂
が見える。階段坂を降りると下は駐車場となっているが、塚の裾が壊
されているかどうかはわからなかった。崖を利用した半身富士というか、
「タイタニック」のセットみたい。神社下に浅間神社の碑と胎内窟があって、
山裾を巻いて登るようになっている。立ち入ること自体は容易だが、怒られ
るとしたら誰にというか、どこが管理責任を負っていることになるのだろう。
解説板もなく、トイレも設置された公園の、ただの崖斜面という扱いに見え
ないこともない。

抜弁天厳島神社(余丁町8-5)
111509 643 111509 639

出世稲荷神社(余丁町12)
111509 664 111509 683

金弁財天(河田町8)
111509 694 111509 715
女子医科大と階段の間にあったが、厳重に囲われている。
宇賀神が左右に配してあった。中には町火消しの奉納額が
いくつか見えたが、残念。

寶禄稲荷神社(原町3-19)
111509 731 111509 767
大久保通りを若松町交差点からすこし東に。

111509 761 111509 740

天祖神社(原町1-42)
111509 806 111509 814
市谷柳町交差点先から喜久井町への道にある。神門が寺院風で、
鳥居が中にあるのは破格でしょう。

八兵衛稲荷神社(若松町31-13右)
111509 867 111509 846
失火を出してしまった八兵衛さんが火の用心を呼びかけて、火事が
ほとんどなくなったため、死後火伏せの神として祀られました。

皆中稲荷神社(百人町1-11-6)
111509 872 111509 928
鉄砲組百人隊行列のときは見るゆとりがなかったので立ち寄りました。

111509 906 111509 945
末社が荒れ果てています。左が御嶽神社で、背後に稲荷社が集まっています。
「東京都神社名鑑」によると、三峯神社、百人弁天社があることになってますが、
手水舎のうしろが弁天社なのでしょうか。
スポンサーサイト
  1. 2009/11/15(日) 22:53:25|
  2. 東京散歩
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<御嶽神社(板橋区桜川)界隈 2009年11月18日(水) | ホーム | 杉並の小祠 巡検 2009年11月14日(土)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://pochipress.blog20.fc2.com/tb.php/220-3ddd55de
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

Pochi

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。