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都内の浅間供養碑を巡る 2009年3月23日(月)

帝釈天題経寺墓地(葛飾区柴又5-9-22)
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川流溺死之老若男女一切變死之魚畜等供養塚
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小岩不動尊善養寺(江戸川区東小岩2-24-2)
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浅間山噴火犠牲者供養碑
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(4月2日追記)
碑文の上部左に金剛界大日如来のヴァーンハ、
右に胎蔵界大日如来のアーンハを刻印。

前癸卯信州浅間山水火湧出流緇素洪河日往
轉爛月來更自黛白蠕孔裏蠢青蠅骴上飛
欲尋昔日愛一悲一可愧今歳寛政七乙卯七月
十三回佛陀妙慧慈雲霑法雨無上菩提純浄也


4月2日(木)江戸川区の文化財係で登録台帳から碑文の記載を
確認しました。写真で不明確だった字体が判明したので、ひとまず
試みに読み下しておきます。

前(さき)の癸卯(天明三年)信州浅間山水火湧出し緇素(僧俗)を洪河に流せり
日往けば轉(うた)た爛(ただれ)をし
月來れば更に自ら黛(あおぐろ)し
白蠕(はくじゅ・蛆虫)孔裏に蠢(うごめ)き
青蠅骴上に飛べり
昔日の愛を尋ねんと欲するに一に悲しく一に愧づ可し
今歳(ことし)寛政七乙卯七月十三回(忌)
佛陀の妙慧慈雲
法雨を無上の菩提の純浄に霑(うるほ)さんとする也 (Pochi 試訳)

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善照寺(江戸川区東小松川3-3-19)
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無縁塔群の奥から二列目の六地蔵が、天保13年60回忌の供養塔ということらしいが、
境内に解説板などはなく、造立紀年等の確認もできないのだが間違いはなかろう。

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入之庭水神宮(江戸川区東小松川3-22)
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善照寺への道すがら発見した想定外の神社。

新宿日枝神社(葛飾区新宿2-1)
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葛飾区で回り残した神社を参拝する。ここは中川大橋詰め。

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水神宮/神輿庫が秘密基地のようです。ちゃんと岩組に
電動シャッターボタンが埋め込まれていました。

孫引き
「武蔵国風土記稿」新宿町の条に「山王社 町ノ鎮守ナリ。宝蓮寺持」といい、「東京府志料」新宿町の条には「日枝神社 駅ノ鎮守ナリ。モト山王社ト云。一新後、社号改マル。明治5年11月郷社トナル。末社5社。社地126坪」とあり、ともに鎮座の年代を明らかにしていない。しかし新宿は小田原北条家時代からの駅場であったから、その鎮守の社があって然るべきであり、また後掲の享保15年(1730)の社殿棟札に「別当山王山雲海寺鏡智院」とあり、山王山を山号とする別当寺の鏡智院は、上小松村(東新小岩4丁目)正福寺の末寺宝蓮寺の門徒であり、「正福寺惣門末起立張」によれば、永禄2年(1559)の起立であるから、当社もその頃の鎮守と推測される。

起立当初はやや西方にあったが、享保14年(1729)中川改修の時、現在地(鏡智院境内)に遷座し、翌年9月、新たに社殿を営み、延享元年(1744)3月、寛政11年(1799)1月に再度改築し、安政2年(1855)10月の大地震で拝殿の一部が破損し、同4年9月修復された。その間、宝暦11年(1761)には境内社の水神社が鎮座した。

明治維新に際して別当鏡智院は無住であったので、当社を管理していた本寺の宝蓮寺秀鏡は、同年11月、町内の百姓八郎右衛門を鏡左近として当社の神職としたい旨を小菅県に願いだす許可を得、翌年正月、鏡左近は神祗官から日枝神社神主職に補せられた。鏡智院は間もなく廃寺となった。

現社殿は明治44年、幣殿は昭和11年10月、神楽殿は昭和6年10月の造営である。
(葛飾区教育委員会 葛飾区神社調査報告より)※社殿、幣殿、神楽殿ともに平成20年(2008)建替えられています

http://www.tesshow.jp/katsushika/shrine_nijuku_hie.shtml

砂原稲荷神社(葛飾区西亀有3-29)
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神社の向かいにある蔵。大谷石か。

高木神社(葛飾区西亀有4-15-20)
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参道と右手の公園が一体となって子供たちがにぎやかに遊んでいる。
社殿はけっこう大きいが、これほど落書きされた神社は初めて見ました。
これで葛飾区の神社巡回は終了です。
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  1. 2009/03/23(月) 23:25:29|
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