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舎人氷川神社本殿公開 2009年2月28日(土)

*エントリー日時 2009年3月5日23:52:18

舎人氷川神社(足立区舎人5-21)
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 舎人氷川神社本殿は、江戸時代後期に造られた足立区内でも貴重な建築で、足立区登録有形文化財になっています。建物は正面が「昇り龍・降り龍」、周囲は「天の岩戸(あまのいわと)開き」、「天孫降臨(てんそんこうりん)」、「八岐の大蛇(やまたのおろち)退治」の神話を表現した彫刻で装飾されています。これらの作品は、繊細な仕上がりで区内でも指折りの文化財です。普段は保護のため、周囲の金網越しにしか見学できませんが、2月28日(土)には社殿の脇に入って間近に見ていただく特別公開を行います。見事な彫刻を間近に見学できる絶好のチャンスです。是非ご来場下さい。
http://www.city.adachi.tokyo.jp/040/d10000148.html

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_DSC0108.jpg _DSC0129.jpg
左右背面の彫刻は高い位置になるので脚立を持参してきたのですが、
親切な総代さんが教育委員会の責任者に問い合わせた結果、持ち込め
ないことになりましたが、讀賣新聞の記者さん持参の三脚を使っていいよと
わざわざ声をかけていただき、撮影することができました。
総代のみなさまのお気遣いには感激いたしました。ありがとうございます。


舎人2-8の屋敷稲荷たち
稲荷社が集中しているという情報を得ていたので回ってみました。
公開空地的な神社は伏見稲荷だけでしたが、あとは不明の2社以外
はすべて笠間稲荷の勧請社でした。

_DSC0209.jpg _DSC0217.jpg
笠間稲荷/笠間稲荷

_DSC0225.jpg _DSC0232.jpg
笠間稲荷/笠間稲荷

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不明/不明

伏見稲荷神社(舎人2-8-15左)
_DSC0239.jpg 


笠間稲荷神社(舎人2-12-6)
_DSC0250.jpg
舎人2-12の夜泣き稲荷というのを探して唯一あった神社。
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  1. 2009/02/28(土) 00:00:00|
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足立区西加平から綾瀬 2009年2月10日(火)

Nikon D90 とAF-S DX VR18-200㎜ のテスト撮りです。
露出補正はせず、まずは機械にまかせてみました。



西加平神社(足立区西加平1-1)
021009 004 021009 013

021009 029 021009 030


天祖神社(加平3-5)
021009 040 021009 053

021009 056 021009 058

021009 072 021009 048

上谷中稲荷神社の向かいの稲荷神社(谷中4-11-2右)
021009 087 021009 089


上谷中稲荷神社(谷中4-12)
021009 101 021009 107

021009 133 021009 125


021009 118 021009 160


[足立区西加平から綾瀬 2009年2月10日(火)]の続きを読む
  1. 2009/02/25(水) 19:01:04|
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足立区加賀から辰沼 2009年2月8日(日)

加賀稲荷神社(加賀2-19-15)
020809 001 020809 007

古峰神社/榛名神社/阿夫利神社
020809 027
郵便ポストみたいな社だ。

加賀天満宮
020809 048 020809 057
加賀稲荷神社と道をはさんで並ぶ。

皿沼稲荷神社(皿沼3-15-12)
020809 078 020809 081

020809 110 020809 085
稗田神社という小石祠があった。

菅原社(皿沼3-9-14左)
020809 121 020809 128

諏訪神社(西新井4-35)
020809 138 020809 150

三峯神社
020809 158 020809 153

若宮八幡宮(伊興2-)
020809 186 020809 195

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天満宮
020809 206 020809 218

胡録天神
020809 209 020809 216

三峯神社
020809 210 020809 212

入谷北野神社(入谷1-11-13)
020809 264 020809 250

020809 248

妙蓮寺番神堂(古千谷本町1-13)
020809 288 020809 292
[足立区加賀から辰沼 2009年2月8日(日)]の続きを読む
  1. 2009/02/24(火) 17:52:37|
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赤坂山王日枝神社 2009年2月5日(木)

020509 034 020509 068
千本鳥居の稲荷参道は外堀通りの山王鳥居に至る。

020509 104 020509 185
山王下の山王鳥居が最も大きいが、表参道は山王男坂のこちら。

020509 249 
契約駐車場の奥からの参道。

020509 177 020509 231

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  1. 2009/02/22(日) 23:37:21|
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足立区東伊興から舎人まで 2009年2月3日(火)

橋戸稲荷神社のあとでめぐった神社。

名称不明神社(足立区橋戸町38)

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通りすがりの発見。わきの石祠はたぶん水神。


伊興氷川神社(東伊興2-12-4)
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020309 227 020309 238

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氷川神社(古千谷本町2-2)
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浅間神社(古千谷本町3-2)
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地図になかった神社。カーナビにあったので寄る。

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舎人諏訪神社(舎人2-15)
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二ツ橋稲荷神社(舎人4-1)
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舎人氷川神社(舎人5-21)
020309 574 020309 490

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舎人天神社(舎人5-12)
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入谷氷川神社(入谷2-25-5)
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いきいき公園(舎人6-3)
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  1. 2009/02/22(日) 03:44:00|
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鏝絵開帳・橋戸稲荷神社 2009年2月3日(火)

020309 178


        足立区千住橋戸町の橋戸稲荷神社で、土蔵造り本殿の鏝絵が開帳されました。

        2月3日、5月15日、例祭(9月15日に近い日曜日)に扉が開きます。


020309 039 020309 041
拝殿の蟇股の狐。

020309 045 020309 047
拝殿が開扉されたので、奉納額を間近に眺めることができました。
大天狗小天狗に囲まれているのは虎の巻を伝授された沙那王(義経)でしょう。
橋戸稲荷神社俯瞰図には戊明治参拾壱年/戌九月弐拾弐日とあります。
1898年戊戌ですね。

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漆喰鏝絵の入江 長八(1815-1889)の親子狐。

020309 136 020309 141 020309 120
左扉に母子狐。丸に三宝珠の神紋を月に見立てています。
後ろ向きの子狐が気になるところですが、こちらの子狐の歯の彫りがみごとです。
接写の用意がありませんでしたので、次回は押さえておきたいところです。

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母狐の表情がやや擬人化に過ぎるかなと思ったのですが、その印象は細密な
毛並みや耳の造形のすばらしさから来ているようです。
右扉の父狐の顔もなかなか怖くて温かい。
1998年に修復がなされたとのことですが、この目はなんでしょうね。
肉眼での所感は貝殻に彩色したはめ込みかなあという気がするんですが。
彩色部の外に肋条が見えます。漆喰素材ではないことは確か、かなあ。
ま、いずれにしてもいいものを見せていただきました。

011909 890
前回の訪問で名称不明だった本殿両脇の祠について問い合わせたところ、
ともに水神社で特に名称はないとのことでした。
北千住駅から千住大橋 2009年1月19日(月)参照。

静岡県松崎町役場HPから転載。江戸での作品は大震災で大半が
焼失したというが、45点も残っているのか。

通称〝伊豆の長八〟といわれる漆喰芸術・鏝絵の名工。天祐、乾道と号した。
文化12年(1815)8月5日、当時の伊豆国松崎村明地(現在・松崎町)生まれ。
父は兵助、母はてご、長八はその貧農の長男だった。

器用で利口な子供

長八は幼い頃、菩提寺の浄感寺へよく遊びに行き、正観和尚(「本多正観」)と妻のたきゑから、大いに可愛がられたという。
たきゑは長八の家の本家にあたる旧家で、淵の大屋と呼ばれた入江家からこの寺へ嫁いだ人。
やがて浄感寺で開かれていた塾へも通うようになったが、その頃から長八は手先の器用なことで知られ、自分でもまた大きくなったら何かで腕をみがき、身を立てたいものだとかたい志を立てていたようだ。

そして12才の時、村の左官棟梁・関仁助に弟子入り、その家に住み込んで漆喰を練る仕事なども手伝うようになった。
あるとき兄弟子が土蔵の裏壁に、漆喰で半球形の〝折釘の座〟を長時間かかって塗りつけているのを見た長八は、棟梁と兄弟子が仕事場を離れたすきをみはからって、古いお椀の中へ漆喰を詰め、信じられないほどの速さでみごとな〝折釘の座〟をつくり、まもなく戻ってきた2人をびっくり仰天させた──というエピソードも残っている。

江戸へ出て日本画を修行

その漆喰細工に絵の技法を取り入れてみたいと、念願していた長八はついに意を決して19才のとき江戸へ出、川越在住の狩野派の絵師・喜多武清の弟子となって、3年間みっちりと修行した。

そして漆喰に漆を混ぜると、思い通りの鮮やかな色が出せることや、鏝絵という新分野の技法を工夫した結果、長八独特の芸術的ジャンルを開き、この頃から堰を切ったように数多くの名作を生み出した。

特に長八の名が江戸中に知れ渡ったのは、日本橋茅場町の不動堂が再建されたとき。
多くの職人の中から腕を見込まれて選ばれた長八は、表口御拝柱の左右に実にみごとな迫力のある1対の竜を描き、一躍〝名工〟とうたわれるようになった。26才の時である。

名作と辞世の句を残して

それからの長八は、浅草観音堂、目黒祐天寺、成田不動尊など各地に名作を残し、ますます名声を博したものの、江戸で作られた作品は関東大震災によって大半が焼失。
現在、東京方面で残っているのは、足立区・橋戸稲荷、品川区・高輪の泉岳寺、東品川の寄木神社、千葉県・成田山新勝寺などに約45点。

郷里松崎では、昭和59年7月オープンした「伊豆の長八美術館」に約50点、浄感寺の「長八記念館」に約20点が展示公開されているほか、重文・岩科学校、春城院、三島市・龍沢寺にも作品が所蔵されている。
明治22年(1889)10月8日、深川・八名川町の自宅で歿。

辞世の句は、
「わが秋や月一夜も見のこさず」
74才だった。墓は松崎・浄感寺と、東京・浅草の正定寺にある。


入江長八の年譜

文化12年 (1815)8月5日 伊豆国松崎村明地に生まれる。
文政4年 (1821) 浄感寺塾に入る。
文政7年 (1824) 弟・巴之介歿、4歳。
文政9年 (1826) 左官の親方・関仁助に弟子入り。
文政11年 (1828) 妹・とめ歿、3歳
天保6年 (1835) 著名な画家喜多武清に絵を学ぶ。
天保9年 (1838) 父・兵助歿、60歳。
弘化3年 (1846)頃 浄感寺本堂の天井の竜、ふすまの竜、欄間の飛天などを作成。
弘化4年 (1847)頃 江戸・深川の妓楼播磨屋の養子となり、10代目金兵衛を名乗る。
嘉永5年 (1852) 姉・民歿。
嘉永6年 (1853) 母・てご歿。
安政3年 (1856) 白に鳥の図、成田山新勝寺に奉納される。
明治3年 (1870) 妻・たき歿。
明治13年 (1880) 岩科学校と岩科村役場に、千羽鶴、千里江山の図、清少納言の図などを製作。
明治22年 (1889)10月8日 深川八名川町の自宅で歿、74歳。

  1. 2009/02/03(火) 23:26:55|
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池上本門寺とその周辺 2009年2月1日(日)

池上本門寺(大田区池上1-1-1)
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今回は荏原台の起伏を歩くことになりました。本門寺の駐車場から
力道山の墓地に最短距離で行こうとすると谷越えになってしまいます。
五重塔から墓域に入るべきでした。碑文は児玉 誉士夫。

021009 029 021009 673
狛犬の多い墓地だなあと思っていたら、大野 伴睦の墓に行き当たる。

開運辨財大天女(池上1-16-9)
021009 059 021009 082

021009 073

太田神社(中央6-3)
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末社は稲荷神社。

黒鶴稲荷神社(中央5-4)
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太田神社で登りつめてまた急坂を降りる。

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熊野神社(南馬込4-13-24)
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末社は稲荷神社。

出世稲荷神社(南馬込4-9)
021009 209 021009 215

021009 221
興正山善照寺(浄土宗本願寺派)の裏に接した公園となっている。

堤方神社(池上1-15-2)
021009 249 021009 258

021009 276

本門寺墓地と本堂
021009 290 021009 353

長栄堂
021009 306 021009 310
96段の此経難持坂を登りつめて右手に鳥居の立つ長栄堂。
昭和51年に境内整備の一環として堂社前の鳥居は撤去されたと聞いたが、
昭和拾壱年九月建之 羽田 長妙講 として現存している。
(「民衆宗教史叢書 第三巻 稲荷信仰」雄山閣 1983. p210)

021009 323 021009 316
[池上本門寺とその周辺 2009年2月1日(日)]の続きを読む
  1. 2009/02/01(日) 23:38:38|
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